伯父様(宗一)のお帰り

メディアでご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、先日、叔父『小野宗一』の遺骨が62年ぶりに小野家の本実家に帰ってきました。
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戦争に行ったのが19歳、軍隊に赤紙が来てから行くと年上からイジメにあうからと、志願兵として軍隊に。満州で終戦を迎え、そのまま旧ソビエトのハバロフスク地方へ抑留。5万人を超える抑留があったと言われている。
そして2年後、病死。ハバロフスク地方のテルマ村の埋葬地に眠っていた。

当時、訃報と髪の毛・爪が送られて来ただけで本当に本人なのかもわからなかった。叔父様のお母さんは、遺骨がない訃報を信じたくなかったのだろう、死ぬまでお寺に通って遺骨のない息子のお墓に手をあわせていた。

1997年から2002年にかけてテルマ村の埋葬地から1034柱の発見があり、886柱が収集され10柱の身元がDNA鑑定によって確認された。そのうちのヒトリが叔父様だった。

ぼくは当然、叔父様とは会ったこともない。お父さんも会ったことがないお兄さん。他の伯父さんから『一番上のお兄さんは戦死だよ。』って聞いてたくらいで、ドコで何をしていたのかなどは知らなかった。ただ、『遺骨が無いから寂しいよね。』って言ってた。

今回、遺骨が帰って来たのは身内として嬉しいし、なにより叔父様のお母さんが天国で喜んでいると思う。僕はおばあちゃんに会ったことはないが、心の優しい人だったと聞いている。
母親として戦争には行かせたくなかったと言っていたらしいおばあちゃん。きっと天国で再開できてるかな?

今回の出来事は身内としては本当に嬉しいけど、まだまだ身元が確認できてない人が大勢いるし、爆撃で体が無くなってしまった人も大勢いると思うとやはり悲しい。

終戦後、日本がもう戦争はしませんと誓った後にシベリアやモンゴルに50万人以上が抑留。過酷な労働作業などで5万人以上が現地で死亡。そして残留孤児ができ、さらに北方四島の問題と、戦争が引き起こした爪後が今でも問題になってる。これが解決するのが先か、みんながコレを忘れ去ってしまうのが先か。世界から武力戦争が無くなることはあるのかな?

今日はそんなことを考えてました。身元がわからない人が一日でも早く身内の元へ帰れることをお祈りしています。
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by snipes_ono | 2006-12-10 23:26 | その他

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